05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

スポンサーサイト

--/--/--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- スポンサー広告

本田健さんは太っ腹

2010/06/24
本田健さんの太っ腹加減にふれる機会がこのところ続いている。

本田健さんといえば、先日、バシャールと対談した本を紹介したが、
実は私が持っている「タロー・デ・パリ」というタロットを世に出したのも
本田健さんだったりする。

そのタロットは、ナチュラルスピリットから発売されているんだけれど
その関係なのかな?詳しくは知らないが、
ナチュスピのメルマガに登録しておくと、
ここのところ、本田健さんの講演会やセミナーへの無料招待のお知らせがやってくる。
それに応募したという、やすらぎの部屋のコオさんが、見事、本田健さんの講演会の無料招待券をゲット!
行ってきたよ~という話も耳にした。

この前も別の無料招待の案内がきていたので、応募してみようかな・・・なんて考えているうちに
忘れていたのだが、
なんと私も、本田健太っ腹キャンペーン(←勝手に名づけた)の恩恵に授かった!

知り合いに本田健さんのセミナーに通う生徒さんがいるのだけれど、
その方たちとバーベキューを楽しんでいるときに
不思議な署名を頼まれた。

「私は○○さんが人生で成功するのを心から応援する」

と書かれた文書だ。

本田健さんは、今度開催する「ユダヤ人大富豪の教え」セミナーに28名を無料招待するらしいのだが、
応募資格として何人だったかな~20人とか30人に署名をもらうというハードルが用意されているというのだ。

もちろん、おもしろそうだし、喜んで署名させてもらった。

そしたら!
応募したけど抽選ではずれてしまったという知人から
昨日「本田健さんから著名してくれた方にお礼です」といって
お手紙と著書「ユダヤ人大富豪の教え」の文庫本が届いたのだ!

ユダヤ人大富豪の教え 幸せな金持ちになる17の秘訣 (だいわ文庫)ユダヤ人大富豪の教え 幸せな金持ちになる17の秘訣 (だいわ文庫)
(2006/02/09)
本田 健

商品詳細を見る


28名の無料招待枠にものすごい数の応募があったと聞いている。
その一人一人が20~30人の人から著名をもらっているんだから、
すごい数でしょ。どんだけ太っ腹!?

すごい!やることのスケールが違う。

で、もらった私といえば、面白く本を拝読し、
結局こうやってブログで本を紹介して、
「本田健」と10回も書いてしまっているのだから。

そりゃ、成功するよ。

スポンサーサイト
11:30 日常 | コメント(1) | トラックバック(0)

待っている一人の時間が好きなんです

2010/06/22
暑かった一日。

緑の中、草の匂い、ムシムシしてるぬるい風、汗、お日様ガンガン。

全部終わって、シャワーして。

さっぱりしたら夕方。

プールに入った後みたいな、

海で遊んだ後、麦茶のんでるときみたいな、

夏の夕方。

すだれ越しに見える外の柿の木をゆらしてから

私の横を風がすーっと通り抜けていく。

座布団の上、柱にもたれながら、

鳥の声を聞く。

誰もいない家の中。

意識は、今、ここにある。

さっきまでの暑さのことも、

夜ご飯つくらなきゃってことも

すべて忘れて。

夏の夕方の匂いと音と空気の感覚に身をおいて

「私って、こんな時間が大好きだな~」と思う。

一人。

帰ってくる人がいるということが、このときを楽しませてくれる。

帰ってくるまでのつかの間の穏やかな時間。

それが、私のお気に入り。
17:27 日常 | コメント(0) | トラックバック(0)

夢とのパスミス。

2010/06/17
そういえば、一昨日、夢をみた。

「ああ、これは、教えようとしているな」

と、起きたとき思ったことを覚えている。
その後仕事でバタバタとでかけ、一日があれよあれよと過ぎていくうちに
すっかり夢で授業をうけたこと忘れていた。

なんか大切そうな夢をみたな~。とさっき思い出したので、
ブログに書こう!と思い立ったのだが・・・・。

内容が
ぜんぜん思い出せな~い!

やっぱり、枕元に夢日記帳をおいて、すぐ書き留めないとだね・・・。
せっかく(潜在意識が OR 何かの存在が)
夢の世界からいいパスをよこしてくれたのに、
受け取るこっちがあちゃ~だとゴールにつながらない。

確かに、夢日記をつけていたころは
いろんな面白いやつをみていた。
すごく象徴的で、メッセージ性があり、
またいつぞやはまさしくヒーリングの具体的な指南だったり
イメージをつかった体験だったりと
バリエーション豊かで刺激的だった。
そして鮮明に覚えていたりするのだ。

今は、なんだか、よくわからないウニウニした夢をみているが、
すぐに忘れてしまうことがほとんど。

そんな中久々にみた、意味ありげな夢だったんだけどな~。

やっぱ、パスを受け取る精度をあげていくのも大切だと思った。
パスだしてくれたお方は、さぞかしがっかりしてるんだろうな~。
「おめぇ、せっかくいいのだしてやったのに、何してんだよっ!」

ごめんちょ。
というわけで、何のネタも提供できなくて、すみません。。。

今日は意味ないつぶやきのまま終わります。

<おまけ>

今朝がた、爆睡中の6歳の娘がはっきりと言った寝言。

「ネコちゃんに決まりました!」

なんだかわからんが、寝ている間も、楽しそうね。
10:42 日常 | コメント(0) | トラックバック(0)

バランス

2010/06/08
作家・塩野さんを囲んで行われた親たちとの「寄り合い」は、夜7時半ごろからはじまった。

バランスの話になった。

というのも、塩野さんと登山家・竹内さんとが一致したその日の感想は
「ここの子どもたちはとてもバランスがいい」
というものだったらしい。

バランスとは、体のバランス、運動するときのバランス感覚、そして、存在の仕方としてのバランス。

さて、この「バランス」ということについて、
どうやら私のガイドは2~3ヶ月前から私に教えようとしているようだ。(としか思えない)

まず、ヒーラー高田氏は、バランスについてこのように語っておられた。
「みなさんは、プラスのエネルギーは欲しいけれども、マイナスのエネルギーはいらないって思いがちですよね。
だけど、プラスがあれば、マイナスも存在してしまうんです。マイナスを怖がらないことです。マイナスはマイナス、ただそれだけのこと。それを避けて通ることがベストなのではありません。」

陰陽の世界であるこの世は、陽だけで存在することは、不可能。

さて、作家の塩野さんに質問。

母「テレビをみたいという子どもに、見せるべきか見せないべきかかなり考えています。
 テレビがなくても楽しい充実した毎日を過ごしていたのに、
 みたいといいだした。
 小学生の子どもに親のこだわりで「だめ」っていうのもなんかおかしい気がする。
 もう、少々テレビぐらいみたっていいじゃんと思う気持ちと、
 一番組見始めたら、じゃああれもこれもとどんどんテレビがなくてはならない生活になりそうで
 それはそれで嫌だ。どうしたらいいと思いますか?」

そしたら、塩野さんは一本の長めの棒を用意してこんな答え方をしてくれた。

塩野「この棒のバランスが取れる中心点をみつけなさい。といわれたら、どうしますか?
大人は目でみて、センチを測って真ん中を「ここ」だっていうかもしれません。
だけどそのやり方では、一発で真ん中をみつけることはできないんです。
これは、目をつむって、手の上に棒をのせ、両端からずずずっと真ん中に向かって手をすべらせていく。
そうすると、ピタッと一発で中心がみつけられるんです。

すべらす際、両手には、抵抗がかかっています。
やってみて、どうかな? やってみて、どうかな?
そうやって手でさぐりながら真ん中をみつけていく作業なんですね。

しかもバランスの取れる真ん中とは、長さの中心ではなく、重さの均衡点ですよね。
目でみて、頭で考えても、バランス点はみつけられません。

やってみて、フィードバックを得て、そして探っていく。
そうやって体の感覚を全部つかってみつければ、すっと簡単にみつかるのです。

これと同じことを子どもたちは生活の中でやっています。
「やってみたい!→やってみる→結果がわかる→自分のデータになる」
そうやって、いいも悪いもみんな試しているんです。
体験こそが学びを生みます。

だから、悪いこともしますよ。大人がやって欲しいいいことばかりするわけじゃないんです。
でもそうやって「やりたい」と思うことを、とにかく「やってみて」「体験する」というのが保障されている。それがここの子どもたちです。その積み重ねが、バランスのいい状態を生んでいると思います」

そうなのだ。
つい親は、頭で考えて「危ないから」とか「人に迷惑をかけるから」とか「やるべきことをやってから」とかいう
一見正当な信念を疑うことなく、子どもの純粋な「やりたい」気持ちにブレーキをかけさせてしまうことが多い。

実際、私の言葉がけはそんなことばっかりだった。

しかし、今、自分自身がぶち当たっているテーマは「自分本来のエネルギーにとどまること」。
「自分が一番心地よい状態で、やりたいことを自分にさせてあげる。」
こうともいえる。「自分がやりたいことを最優先にする」

いやはや、なんと難しいのだ。
本来の自分自身であることが、こんなに難しくなってしまってるなんて。

いつからか「自分の正直な気持ち」を後回しにして、
善だと思い込んでいる価値観で優先順位を決め、
ズレにズレてきた副作用かもしれない。

少し前まで自分がそんな状態であることに、気づくことすらできなかった。

(だけどよくがんばったのだよ。それでも、もうそのやり方はしたくないと思うようになったから)

これを覆していくのが、今の私の最大のチャレンジ。

大事なのは「自分がやりたいと思うことを」「まずやってみる」「どんなことなのかが、わかった」
この繰り返しが、自分の存在する上で心地いいバランス点を見つけていく作業。


そんなこんなで
テレビについての話の最後に、塩野さん。

「いいも、悪いも、その子にとってそれがどう影響するかなんて、誰にもわからないですよね。
テレビもそうです。もう、世の中にあるんですから。

まあ、僕の子じゃありませんから、僕はこんなことしかいえませんよ。

それとどうかかわっていくか、ご自分で決められたらいいんじゃないですか?」

そう、自分で決めるんだよって。
自分の心地いいところを自分たちでさぐって、決めていくんだよって。
ほら、子どもたちがやっている方法が、大人はできなくなってるんだね。
頭でばかり考えて。

塩野「まだ問題は起こってないわけですよね。起こってもない問題を、一生懸命考えるよりも、
やってみて、何かあったら、そのときに対処法を考えたらいいんじゃないですか?」

そうだ、やってみて、初めてわかることがある。すべては体験から学べ。ということだ。
と妙に、納得した質問者の母←実は、私です。

そんなことがあった日に、またしてもブログ「あの世に聞いた、この世の仕組み」の中で
「バランス」について説明しているこんな記事に出会った。

絶対偶然ではない。私のガイドが私に読ませようとしている~~~。
17:42 気づき | コメント(0) | トラックバック(0)

登山家・竹内洋岳さん2

2010/06/05
授業は、天然ひのきの床の香り漂う気持ちのいい空間で始まった。
窓からは新緑が真近に見え、狭い中に総勢60名ぐらいだろうか
1年生から大人までぎゅっと寄り合ってすわり、
目の前の人物にみんなの気持ちも集まっていた。

作家・塩野米松さんと登山家の竹内洋岳さん。

お話は、竹内さんの山登りってどんなものなのかというところから始まった。

そもそも8000メートル級の登山とは、
頂上に国旗を立てることを国同士が競ったことからスタートしていて、
「国のプロジェクト」だったという歴史がある。
テントを背負う人、酸素を持つ人、その人たちの食料を運ぶ人、食料を運ぶ人の食料を運ぶ人・・・
といった風に膨大な人員と何億というお金が費やされる大プロジェクトだったそうだ。

技術が進み、軽くて丈夫な素材が開発されてくる現代になると、荷物がぐっと減ったことで
登山にそれほど人手がいらなくなり、チームを組めば出動可能な「スポーツ」になったという。

その中でも、酸素ボンベを持たない選択をしたことで、
竹内さんたちは、さらに身軽となり、世界中からクライマーが3人手を上げたらGOできるという体制なんだそうだ。

さて、富士山の2倍以上ある標高で、
どうして酸素ボンベなしで生きていられるのか。生きているだけでもすごいのに、
登って降りてくるという超人的な離れ業が可能なのか。

5000メートルあたりのベースキャンプで体を山に合わせると、
2週間くらいの間だけ8000メートルを酸素なしで登れるような高度に順応した肉体が
手にできるというのだ。(←もちろんこれまでの訓練のたまもの)

その2週間の間に、やってのけてしまうらしい。

「決め事はひとつ、頂上に登り、生きて還る」


塩野「人間は自分の限界に達したとき、肉体に眠る潜在能力を出す引き出しがあく瞬間があるようです。僕はそれはどうやら「肉体」の秘密なんだと思うのです。その眠っている能力を引き出すコツを知っているのが竹内さんです」


質問「大丈夫かどうかとか、どうやって判断するんですか?」

竹内「今は天気予報でもなんでもものすごいデーターがあります。そして雪崩が起こるのは計算すればデータでわかるといわれていて、それを正確につかむように、いろんな研究がなされています。だから僕が今からいうことはそういう流れには逆行することかもしれないんですけれど、僕の場合はやっぱり最後は「感」なんです。どんなに晴れていてどんなにデーターではいい感じでも、その場所にはいったとき「な~んかヤバイな」という気がしたら、止めます。どこまでその自分の直感を信じられるかということです。」

氷壁をロッククライミングして登る際には、登山靴にアイゼンという金属の爪のすごいのがついている道具をつけて
足でザクッと氷に突き刺しながら足場を確保して登っていく。
実際に使われているアイゼンを見せてくれながら、こんな話もしてくれた。

竹内「氷に突き刺すとき、本当に刺さっているか、このわずか数センチささった足先に全体重をのせてもいいか、いちいち確認していたら山は登りきれません。氷に突き刺して体重をのせてまた抜く。という動作を何万回も繰り返すわけですから、いちいち確認してたら大変な時間のロスになるわけです。自分の足ではないですけれど、道具の先端まで大丈夫かどうか感覚を張り巡らして、一回さしたら、そのまま行きます。やはり、自分の感覚を信頼できるかどうかです」

もし見込みが外れて「だめ」だった場合、それは即「生死」の境目につながっている。それでもすべての感覚を全開にして、肉体の極限状態から引き出される潜在能力をフルに発揮して、一歩、また一歩と登り続けるのだ。

塩野「みなさんきっと疑問に思うと思うんです。そこまでして、なぜ行くの?って」


竹内「なぜなんでしょうね~。人間の本能の中に、まだ見ぬ場所に行ってみたい、もっと上を目指したいという欲求があるように思うんです。みんなが木登りするのと同じかな。あの木に登れたら、今度はあっちの高いやつ登ろうって。でもそれがどうしてかっていうとそこに理屈はないんだよね。でも僕も登っているときは苦しくて苦しくて、どうしてこんな苦しいことやんなくっちゃなんないんだって思っているんですよ。だから頂上に着いたときの感覚というのは「あ~、もうこれ以上登らなくてすむんだ」という思いだけなんです。それが山を降りていっているうちに、そこからみえるものすごい景色や、いろんなことを感じ始めて、ベースキャンプについたらもう話しているんですよね。「今度はどこ登ろうか?」ってね。」

塩野「僕がみんなに伝えたいことは、この竹内さんがやっていることなんだけれども、生きること、死ぬことの中で、いつも最後は「自分は生きる」って方にちょっとでも体重がかけられるかどうかってことが、とっても大事なんですね。」

*********

お猪口一杯も伝えきれないけれど、
塩野さんのお話は、その夜開催された親たちとの懇談会で
さらに盛り上がります。

それは、また次回。

*********
おまけ

先日、本にもなって話題の、人気ブログ「あの世に聞いた、この世の仕組み」
「教育」についてのこんな日記がありました。守護霊(ガイド)さんとの会話です。
今回の授業参観を体験した私にとって、ナイスタイミングで
納得の内容でしたので、リンクしておきます~。


21:04 日常 | コメント(0) | トラックバック(0)

登山家・竹内洋岳さん

2010/06/04
娘が通うフリースクールの参観日があった。

参観日。

という言葉でくくってしまっていいのだろうか、というぐらい
エキサイティングで心躍る豊かな時間をすごさせてもらった。

まず、子どもたちがピアノの音楽にあわせて
縄跳びや運動をして走り回る「リズム」の場を
ホールでみることができた。

学童期の子どもたちと、年長、年中の保育園児が
ホールをめいいっぱいつかって躍動するその姿に、
もう自然と涙があふれてきてとまらない。

わが子の生き生きとしたその姿、
全身全霊で向かう瞬間の表情、
どれをとっても、育てている方にしてみれば、最高のご褒美であり、
何にもまして嬉しい瞬間だった。
仕事で来られなかった旦那にも見せてあげたいと思った。

中でも印象的だったのが
あふれんばかりの笑顔でこれ以上ないってぐらい楽しそうに飛び出してくる新入生の男子たち。
でてくるだけで、こっちまで嬉しくて嬉しくてどうしようもなくなるんだから、
存在のすごいパワーだ。

その様子を父母と一緒に嬉しそうに見つめる2人の大人がいた。

初代竹内洋岳に聞く初代竹内洋岳に聞く
(2010/03)
塩野 米松

商品詳細を見る


この本を聞き書きした作家の塩野さんと
聞き書きされた方の登山家の竹内さんだ。

以前からこのフリースクールを応援してくださっている塩野さんの計らいで
今回、登山家の竹内さんと一緒に
子どもたちに授業をしてくださるという。
その模様が、父母にも公開されて・・・というか一緒になって授業をうけてきた。

世界にはエベレストを筆頭に8000メートル級の山が14あり、
竹内さんはそのうちの12座を制覇した、日本で唯一の登山家でいらっしゃる。
植物も動物も育たない過酷な頂上まで
酸素ボンベをもたずに、自分の肉体のみで登ってしまうという、
常識では考えられない登り方をされる人物だ。

年は、私と同い年だった。
生きるとは、死と隣り合わせ。
だけど、自分が「生きる」とはそういうことなんだということを
身をもって、実行されている存在だ。

「死んだように、生きる」

「死の隣で、極限の生を生きる」

の違いが、すごすぎて
話の内容もそうなのだが、
「そうやって生きている同い年がいる」ということが、衝撃だった。

つれてきてくれた塩野さんは、
「子どもたちには本物を見せれば、わかります。
今日は、授業というよりも、
こんな風に生きている大人がいるんだという
生身をあの子たちに見せるためにやってきました。
竹内さんの世界を僕がどんなにうまくきりとっても、洗面器ぐらいのものです。
本を読んだ人が汲み取るのはもしかしたらコップ1杯になるかもしれません。
それをまた誰かに紹介すると、お猪口一杯になるかもしれません。
それが生身の竹内さんからは宇宙のような膨大な情報が発せられています。
ここの子どもたちならそれを感じ取ることができる。
だからどうしても、生身の竹内さんを子どもたちに会わせたかった。
今日の私の役目はそういうことです」

とおっしゃった。
ありがとう、塩野さん!

授業は、大人も好奇心を刺激しまくられる
面白くってたまらない充実した時間だった。

こんな授業ははじめてだ。
ひとりじめしておくにはもったいなさすぎるので、
お猪口1杯ぐらいしか伝えられないかもしれないけれど、
授業の報告&感想は、次回!
15:36 日常 | コメント(0) | トラックバック(0)
 | HOME | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。