04月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫06月

スポンサーサイト

--/--/--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- スポンサー広告

楽しむに限る

2010/05/28
大好きな「のだめカンタービレ」の最終楽章~後編~を
やっと昨日観てきました。

平日の昼間の映画館、お客は私含めて、6人。
おい、つぶれるぞ。

あ~、面白かった~。
あ~~~、感動した~~。
のだめちゃんにまた会えてうれしかった~。
そしてもう会えないのかと思うと、淋しい・・・。

という、単純ファンの私。

そんな風に人の心を楽しませる作品って、すばらしいな。とつくづく思う。
生きててよかったって、思えるからすごい。

「楽しみなこと」があるって嬉しいことだよね。

***********

そういう心理でおじさんたちはゴルフをしにきてるんだな。
キャディーさんというのは、いつもがんばっているだろうおじさんたちのつかの間の楽しみを
あたたかく見守っていくお仕事だ。
最近私はどんなにめんどくさいお客さんでも
「地上に降り立った神々のお遊び」に付き合っていると思って接している。

そうすると、意外とみなさんのことを、
やんちゃでへんくつな ふりをしている 神々におもえてきておちゃめでかわいく感じるのだから、不思議だ。

いやしかし、ゴルファー観察の日々は、ひそかにかなり笑える。

①雨でもやる。
 やりたいから。
どしゃぶりなのに、向こうの空が明るくなりかけていたら、
「ほら、もう晴れるよ」と希望を語る。(←大事なことだ)
2万円近く払って、びしょぬれになり、
うまくいかなくて、落ち込んで、
最終的にスコアも悪く、会話もなく、
思うようにいかないボールにイラつくし、
「なんなんだ、今日は」とテンション下がりまくる。
しょうがないよ、だって、雨なんだもん。
しかし、最後の最後でチップインきめちゃったりしたら、もう気分は晴れ晴れ、
「これだからやめられないんだよね~、キャディーさん」!

次回は、買い換えたばかりの(十)数万円のクラブをバックにしのばせ
意気揚々とゴルフ場にやってくる。
(→①に戻る)

を繰り返し、ひたすらボールを穴に入れようと、真剣だ。
これはまさに「神々のお遊び」だ。

私の好きな言葉。
「ゴルフも人生も自分のプレーをすること」

そう、ゴルフも人生も
調和の取れた自分のプレーができているかがカギとなる。
本来の「自分自身」として存在し(←リラックスして、意味なく嬉しい、平和な状態)
目の前のすべてを心のそこから”楽しむ”に限る。

合わせるは、世間や他人ではない。
自分自身。それはオリジナルであるはず。オリジナルとは「人と違う」ということではない。
「自分自身である」ということ。一人一人「ユニークな存在」として想像された。だから比較や批判から解放される。

↑「簡単にはできない」という思い込みをはずそう。(←と自分に言っている)
スポンサーサイト
10:15 日常 | コメント(0) | トラックバック(0)

スマートな愛の表現

2010/05/19
それは愛あってのことでした。

でも、結果、あなたを傷つけることになってしまった。

どうして素直に表現できないのだろう。

愛しているから、心配なのだ。
愛しているから、どうにかしたいのだ。
愛しているから、変わって欲しいのだ。

ひとりよがりと知りながら

やめられないでいる私を

許すのは、私自身しかいない。

嫌いだったら、関係ないんだよ。

好きだから、言葉で触れようとした。

それが君を苦しめているということに、
気がついていないわけじゃないんだ。

ごめん。

そうして自分を責める。

そんな風にしか表現できない自分を責める。

大切なものを大切にしようとして
ぶち壊している自分に
どうしようもなく
いらだってしまう。

私だって星の王子さまみたいにしたいのに。

ああ
スマートな愛の表現を
恥ずかしがらずできる人間に
なりたい。

やってしまった行為はすべて帳消しにして。
これまでのことは、愛だけが残ると「設定」して。

本当に私は
自分に「罪はない」と
言い切れるのだろうか。
23:38 気づき | コメント(0) | トラックバック(0)

前提

2010/05/15
あれよあれよと毎日が過ぎて、気がつけばお久しぶりの更新になってしまいました。
ご無沙汰してます。元気でしたよ。

なんだか頭の中でいろんな回路がつながったり、捨て去ったり
思い出したり、整理したりと。ブログを更新していない期間で
なにかウニウニしてました。

そのすばらしいきっかけをくれたのは、以前も絶賛しつつご紹介したあのお方の

超入門 アカシックレコード (5次元文庫)超入門 アカシックレコード (5次元文庫)
(2009/08/06)
ゲリー ボーネル

商品詳細を見る


魂の存在の仕方や輪廻転生の仕組み、そしてアセンションからアカシャのことまで
見事な内容の本となっております。

で、結局、時間ってどうなってんの?
魂って、どんな仕組み?
私たちはなぜ生まれてきて、どこに向かおうとしているの?
過去生って何?カルマって何?
アセンションって・・・・

私の頭の中の点が線になりました。

******************

今日書きたいことはそれではなくて。

話すときの「前提」というテーマです。
これは結構深いです。
書ききれないかもしれないけれど。

どんな前提でそれを話し始めているかということは
相手をなんだと思って話しているかということと同じ。
癒しを提供する上で、
「癒される必要がある」「助けてあげる必要がある」
そう思って善意で話していても、
それは言い方を変えれば
「癒される必要がある→癒しが足りない」
「助けてあげる必要がある→自分の力では救われない」
という見方の枠を相手にはめてしまうことになる。

それが大きな力となって働くということを
知らなければならない。
そしてそれをされた側は、何か腑に落ちない気分になったりするものだ。

「あれ?私は信頼されているんだろうか」と。

ではどんな前提で話すことができるかなと考えることは大切なアプローチだと思う。

「あなたの中には自分らしく生きていく力がすでにすべてそろっている」
「ほかに足す必要があるものは、何もない」
「あなたは完全なる光である」

この前提を常に崩さず話し続ける・・・生活し続けるということは
この前提を本当にそうだとおもっていなければできないだろう。

悲しいかな、私は、これまで成長する中で
「勉強する必要がある」「変わる必要がある」「自分ひとりでなんでもできると思うな」「お前は半人前だ」
などといった他人からの言葉をなぜか大切にもってきてしまったために、
上の前提を心のそこからそうだなと思うにいたるまでに

・・・丸3年の時を費やした。

実は今月のやすらぎの部屋アドバンスクラスでこんな出来事がありました。

私が単なる「情報」のつもりで話した内容は
「知らない」という前提のもと話していたわけであり、
それは、「知れば癒しに向かう手段になるかも」と思ったからで。
つまりは相手に「そのままでは癒しが進まない」という「前提」をもって
話をしていたことになるわけです。

それをやさしく教えてくれたコオさん。ありがとうございます。

「癒しはその人のやり方でベストタイミングで起こっている」
「本の知識、テクニックがなければ癒しが起こらないのではない」
「魂の本来の波動で存在することは、誰にでも可能なこと、なぜならそれはすでにそこになるのだから」

さて、この大前提を軸にしたうえで
求める人には「教え」たり「情報を紹介」したり「ワークでお手伝い」するのもいいのかもしれない。
ただし大切なことは、本人がそれを求めた場合ということだ。

ヒーラー高田氏は言っていた。
自分は「本は読まない」「他人に相談しない」「食って寝る」と。

答えは自分の中に全部ある。深く深く自分自身と対話すればいい。と。

私は、ガイドさんの言葉をきくこともないまま
この3次元で「本」から知識を得ているわけですが、
それは「自分には上とつながって情報をおろしてくることはできない」という前提を崩すつもりがないからなのかもしれません。自分にも他人にもはめてしまった「前提」は力を発揮しますから・・・それ以外の世界が展開することはないのでしょう。

だからこそ、自分にできる大きな一歩。
「自分も目の前の人も、サポートされている完全なる存在である」という前提のもと
言葉をつむぐという、魔法。

言葉は前提を含んでいて、だからこそ、世界で最初の魔法と言われる所以。

というわけで、冒頭に紹介した本、
世界を見つめる目線が整理されて、学校では教えてくれない宇宙の前提がのってます。

読むか読まないかは、直感でどうぞ。
14:33 気づき | コメント(2) | トラックバック(0)
 | HOME | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。