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癇癪よ、ありがとう。

2009/04/30
またひとつ、私の中に潜み繰り返されていた大きなネガティブパターンがみつかったような気がする。

それは昨日おこった。
ある出来事をうけて、ココロに喚起される「ムショウに苦しい締め付けられるような胸の痛み」。
それが、合図だった。

いつもならば、「なんか嫌な感じ~」と思いながら、やりすごし、無視し、押し込めてなんとか忘れたふりをしてすごしてきたのだろう。

でも、昨日はそうではなかった。
というのも、「あっ、何か私に気づかせようとしている。そうとしか思えない」
という思考が働いてくれたからだ。(←やっと瞬間的にそっちを選べるようになってきたぞ)

そこで、その胸の痛みに意識をもっていき、
いったいどんな記憶なのかと探ってみた。
思い当たることが浮かび上がる。
昨日の出来事しかり、
20歳の時のあるシーン、
そして子供の頃のあるシーンも・・・
同じパターンを繰り返していることに気づく。

それは、私の言葉が足りなかったり、言い方が悪かったせいで→
「本当に伝えたかった気持ち」は伝わらず→
誤解され、嫌われてしまった。と思って自分を責める。→
そして私は嫌われても仕方がない人間だ。と悲しみをかみしめつついじける。

このパターンだ。

みつけたぞ、お前だな!!!
渦巻くネガティブパターン、今日こそおさらばだ。
(←元気に報告するが、実は一通り感情をかんじているので、涙流れてる)

と思って、NLPのある手法をつかって、その根本原因を探ってみた。
「生まれる前」からのことなんだって。

「過去生か~」

うかんだビジョンは、以前過去生回帰の瞑想で浮かんでいたもののひとつ。
すごく悔やんで死んだその人が、ある場面で感じている自己嫌悪のようだった。

「本当は、愛しているといいたかっただけ。ただ、大好きだと伝えたかっただけ。
なのに、相手を傷付けることをいってしまった。自分が相手を傷付けた」とすごく自分を責めていた。

ワークの手順をつづけて、一通り癒しのプロセスを試してみた。
直後はあんまり変化にも気づかず、まあ、様子見だな。なんて思ってた。
しかも過去生だし・・・。

そしたら。。。。。

今朝、下の子供が、なんだかわからない理由で癇癪をおこして、怒りながら泣き叫び、
一通り泣き続けたら気が済んだのか、笑ってご飯をたべる、という出来事があった。

私は平常心で観察していたのだけれど、さすがに長々と泣き叫び怒りまくるので、
ちょっとムッとした気持ちにもなりつつ。
でも別にそれはそれで流して、保育園にいった。
で、帰り。
お迎えに行ったら、その娘が私にこういった。そう、とても素直にとても元気に。
「ママ、今日は朝怒っちゃってごめんね」

そして、わかった。

そうか、それを教えようとしてくれていたんだな。と。

私に必要なことは、うまく気持ちを伝えられなかったことを悔いて自分をせめて悲しくなることではなく、
自分の行動の失敗を、素直にあやまることなんだ。(←これ、なかなかできない自分いるいる)

そして、行動が100点でなくても、それがたとえ0点だとしても、
私の存在そのものの価値を下げることではなく、
私自身は、どんなことがあっても、自分の命そのもの。愛そのものなんだと、わかっていること。
(そうなんだよ、くさなぎくん。。。。みんなにそのことを思い出させてくれるために代表して失敗をしてくれてありがとう。その役をさせてしまってごめんなさい。あなたのことが大切です)

さらに、相手を傷付けたように感じても、
それもまたACIM的にいえば、実在は一切傷ついていない。
本当の存在そのものは、守られていて愛されていて安全なんだということを信頼すること。

知識ではわかっていたことを、実際に自分の記憶に落とし込んでいき解放していく作業となった。

これを学ばせるために、気づくまで繰り返されていたパターンだったのかもしれない。。。。

そんな風に思うと、娘のわけのわからない癇癪すら、ありがたく感じてくるのでした。

********************

kona*yuki モニターセッション
5月8日(金) 2H 6千円   
締め切りました。ありがとうございました。
カウンセリングによって、ご自身の中で調和を乱す原因となっている部分を明確にしていきながら、
現状を望む状態に変化させるためのNLPワークを行います。2時間の間にたぶん2ワーク。      あと自分とのコミュニケーションを円滑にするための方法などもお教えします。              最後にエネルギーワークで全体を調整するといった感じの内容になるかなと思っています。
が、クライアントさんとご相談しながら組み立てて行こうと思っています。

よろしかったら、どうぞ~。

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21:47 気づき

モニターさん募集します

2009/04/27
あるがままの自分を思い出すプロセスをお手伝いしたいという思いをもって
本格始動にむけて、準備をすすめていくことにしました。

生まれてきてくれてありがとう。
その存在への愛を送り続けていきたいと思っています。

そして、
ACIM(奇蹟のコース)の世界観をベースに、
NLPのワークを取り入れて行う個人セッションのモニターさんを募集します。

葛藤や迷いを手放したい、
望む状態を手にしたい、
ココロの中をのぞいて自分を整理したい・・・。
なりたい自分になるのを妨げるブロックをみつけたい。

本来の自分を思い出す道を歩む方々のお手伝いをいたします。

自己とのコミュニケーションを通して、
自分だと思っている中身は何なのか、
本当に望む姿は何なのか、
ご自身の可能性やミッションに気づいていくプロセスをご一緒できるかもしれません。

セッションでは、改善したいな~と思われる行動や状態をお伺いしていき
クライアントさんのご希望にそった内容を組み立てていきます。

<kona*yuki セッション モニター募集>

*場所  埼玉県桶川市近郊の場所 お申し込みされた方に詳細お知らせします。
       (JR高崎線桶川駅・湘南新宿ライン高崎線直通)
      
*モニター料金 2時間6000円
          
*日時  5月1日(金)

          7日(木)  終了しました。出会いに感謝します。

         8日(金)

*募集人数 3~5名

●お申し込み  konayuki7@@gmail.com  (@をひとつとってください)

        ・お名前 
        ・ご希望日時
         を明記の上、メールにてお申し込みください。

         終了後、簡単なアンケートにご協力ください。

 ご縁のある方との出会いを楽しみにしております。

12:20 NLP | コメント(0) | トラックバック(0)

光の存在

2009/04/27
白い服にみをまとい、
空中を飛んでいる。
下の方がピンク色、だんだんと光があふれだし、私を誘う。

降り立ってみるとそこは丘、うさぎと小鳥がよってきて、小川のせせらぎも聞こえる。
私の胸から光があふれでて、まばゆいばかりに周りを照らす。
きらきらと明るいその世界、感覚は妙にリアルで、本当の野原にいるような感じ。

気持ちは穏やかで、動物たちとふれあって、満たされて、愛にあふれ、
満ち足りていて、みずみずしくて、心にすきまがない。

この感じ、これが、私。本当の私。
生きるとは、このこと。

*********************
昨日、NLPの最終日。取り組んだワークでとてもすばらしいビジョンをみることができました。
スピリチュアルな自分とつながるワークで、光の存在としての自分を見て感じたらもう自然と涙もあふれてきました。

ああ、光であるということを自分に認めて受け入れて、その心地よさとは、これか~。
という感じです。

その状態を体験したまま、現在の自分を見つめなおすというワーク、
「大丈夫、そのままでいいんだ。」と何の迷いもなく思えることができました。
>>続きを読む・・・
12:16 NLP | コメント(0) | トラックバック(0)

視点

2009/04/17
視点。

視点が変れば認識が変り、認識が変れば、経験が変る。

視点とは、たとえば・・・

人生では、自分の出来が試されているという視点からものごとをみた場合、
失敗に見える出来事は、自分のだめさを証明する事実となる。
だからそのような経験をする。

一方、人生では自分を導く魂の大きな計画が進行していて、それは完璧で間違いなどない。という視点からものごとをみた場合、
失敗に見える出来事は「何か気づきをもたらそうとしている出来事」になる。
だからそのような経験をする。

よい、悪い、ではなく。
正しい、間違い、ではなく。

その視点がもたらす経験が自分の望みかどうか。という点で。

今の自分は、どんな視点で自分の世界をきりとっているか。
そのことをチェックしてみるだけで、何かしらの気づきがあるかもしれない。

視点は人それぞれ違う。だから、同じことをみているようで、人によって経験していることは違う。
ということを理解することも大切なんだな、と思う。

これまで無意識に親や社会からもらってきた「視点」を
もしくは過去の経験や記憶からの「視点」を
まだそれでいたいか、別のがいいか、選択し、変化させることができるのは、
自分だけである。

今の自分のものの見方に、執着しないでいたい。
どんどん変化して、それがもたらす経験の変化を楽しみたい。
22:43 気づき | コメント(1) | トラックバック(0)

がんばらない大変化

2009/04/13
先ほど母から電話があった。

「たばこがやめられたのよ。あれだけどんなことしてもやめられなかったから、もうしょうがないとおもっていたんだけど、インナーチャイルドと約束したら、やめられてるの。今日で20日目」

なんだそうだ。

大変化だ。
たばこをすうことで避けていたことは、母によると、孤独感との対立だったんだそうだ。
それを抱えたインナーチャイルドと話をして、「もうタバコでごまかすのはやめるからね」と
約束して禁煙を始めたという。

どんなに禁煙しようとがんばってがんばってしても、だめだったのが、
タバコを吸うことで得ようとしていたことを理解して、
その奥にある原因に向き合おうとしたら、すーっと別のことでも大丈夫になったのかもしれない。

そういえば。
私も長年欠かさなかった晩酌のビールが
すっかり飲まなくても平気になっている。

夜になると、ビールをあけてホット一息つくのが何よりだった私にとって、
飲まないことは苦しかった。
でも、やめたほうがいい。やめたい。
そういえば、一口目は「またこの味か」と全然おいしいと感じていないことにはかなり前から気づいてはいた。。。ものの。。。。夜になるとまた「カシャ」・・・
という状態だったのが、
ある日「すっかりやめられた」という友だちの体験談をきっかけに、
旦那と話をして二人で飲まないでいることをやってみることにした。
かれこれ2ヶ月くらい前の話だと思う。

それ以来、家で夜飲むことは一切なくなった。
別に我慢しているわけではない。
飲まないで全然平気になったのだ。
結婚して10年、妊娠出産の時期と病気の時以外は、ほぼ飲んでいた私たち夫婦にとっては
これまた、大変化である。
私が飲まないと、なぜか旦那ものまなくて平気になっているのも、面白い。

というわけで、ビールを飲むことで触れずにすんでいた部分が
もうかなり癒されてきているのか、
私の望んでいた「飲まないでもいられる」状態がするっと手に入ったというわけでした。
15:15 道のり | コメント(0) | トラックバック(0)

穏やかさ

2009/04/10
春の花の色の鮮やかさに、毎日「ほー」っと心が感嘆の声を上げる。
あんまり気持ちがいいので、いつもは車で送る娘の保育園まで歩いてでかけた。

5歳の娘が、道々菜の花をつむ。
「今日の晩御飯に食べる」んだそうだ。
食い気だ。
ちゃんと咲いてないのをとるところが、えらい。

つい2年前の3月、やすらぎの部屋のヒーリングクラスの門をたたいたとき、
提出するアンケートにこうかいた。
Q、一番手に入れたいものは?→穏やかな心。

何かあると体中から怒りが湧き出てきたあの頃。
なんでそんなに起こっているのか我ながらまったくわからず、苦しみが体を占めていた。

欲しかった状態を手にしたことを教えてくれたのは、上の娘だった。
昨日の夜、お風呂で娘がしみじみと。
「ママ、最近全然怒らなくなったね」

ああ、そうだ。そうだね。。。。

何より嬉しい一言だった。

人は変われる。心は変われる。
これからも、変化し続けることにオープンでいようと思う。
13:07 気づき | コメント(0) | トラックバック(0)

無意識への信頼

2009/04/07
NLPプラクティショナーコースのセミナーも8回中の5回目が終わりました。
いろんなテクニックを教わって、自分の分離したパートを統合していく実践的な過程に
とても楽しんで臨んでいます。

無意識。。。。
それは遠い存在で、私(意識・思考)にはどうにもできないエリアだと思っていた。
でも、その思い込みをなくしてみたら、無意識はとても協力的に
私という存在を統合し、本来のスピリットを思い出すプロセスに参加してくれることに、驚いた。

NLPは、自我の一部である思考体をフルに使う方法です。
私は、かねてから思考体優先タイプだとおもっていたので、自分にあっている方法に出会えたのだなと思います。

思考体・・・私を悩まし、混乱させ、苦しませるような動きをすることもできるし、
使い方によっては、私を、そして誰かを助け、シンプルにし、本来の姿に導く道具としても使える。

そしてNLPを使うときはもちろんですが、
前にもまして自分の思考体を奇蹟のコースの世界観をベースに、
後者の使い方で使おうと気持ちを新たにしている今日この頃・・・。

愛を拡張するための、実践的テクニックとしてNLPを自分の中に取り込んでいこう。

自分は思考体をどう使いたいのか。

ここにきて、以前よりクリアにその使い方の選択を見て取れるようになり、
また愛に基づいた使い方で使うことも意図できるようになってきたら、
私の癒しのプロセスは、穏やかでスムーズに進み始めているようです。

3日前の夜。布団にはいって寝ようと思ったら、なんだか胸の奥から私に訴えかけるひとつの感情の波が・・・。
「な、なんだこれ?」
ちょっとそこに意識を集中してみました。
きっと、無意識が何かの意図をもって行っているに違いない。

胸の奥に感じる「ある感情」に集中して、それを拡大して全身で感じてみる。
すると、15歳の時の「ある場面」が強烈によみがえりました。
そうだ、これはあの時感じていた感情だ。(←確信)

その体験のことは、もちろん普通に覚えていました。
ただ、もうそのことは済んだこと。もう許し終わっていると思っていたことでした。
でも、全然終わってなかった。
私の中でそのときの感情がまだフリーズしたまま残っていて、開放されたがっていたのです。

だから、逃げずに充分に感じてみました。
その後最近読んだ本に書かれていた手法を心の中で試してみました。
涙がどんどんとあふれて、感情が噴出して。。。。

相手のことを攻めることで、自分がはまっていた枠が見えました。

充分感じたら、なんだかすっきりしました。
相手の存在そのものを「罪のない存在」として許し受け入れることができたと、思います。

自分の無意識からの呼びかけを素直にキャッチして、それを受け止める。
このことが実は多きな癒しのチャンスであるということを、体験しました。

そこには、無意識、つまり全体としての自分という存在に対する信頼がまた深まったからだと思っています。

このところの私の変化は、、、劇的にあらず。...デス
春のあたたかい午後に流れる時間のように、、、自然に流れて変りゆく

変化・・・それは、穏やかに、しかし確実に、望んだ人には訪れる。

読んでくださって、ありがとうございました。
13:06 気づき | コメント(0) | トラックバック(0)
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