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内なるパッションと穏やかな日常

2010/07/04
人の奥底には、その人の核となる状態があるといい、それを「コア・ステート」と呼んでいます。
その「コア・ステート」にたどり着く入り口の鍵は

「今自分が一番問題だとおもっている「自分の中のパート」」にあるそうなんですね。

パートとは、たとえば「タバコを吸うと、自分を責め始めるパート」とか
「つらい仕事をがんばってしまうパート」とか。まあ、いろいろありますよね。

詳しい説明は、本一冊になっているようなことですから、ここではおいときまして。

具体的に、私の体験を書き記します。

****************

今回私が扱ったのは長女との関係でした。
次女とは違い、長女との関係はすんなりとはいっていませんでした。
愛したいという気持ちと、もういい加減にしてという私が葛藤し、
ありのままを受け入れるという状態には正直ありませんでした。

以前から私の中で、大きな顔をして居座っている奴・・・それが「長女を拒否するパート」です。

子育てをしていく中ででてきた私のインナーチャイルドを癒したり、
いくつかの方法でアプローチしてみたり、トライはしていました。
が、俄然、のさばり続ける奴に、このところは「自己嫌悪」という方法で
ごまかすことがほとんどとなっておりました。
これじゃ、いかん!
わかってはいたものの、どうにもできずに、もがいていたんです。

しかし、ここのとこのあれこれで、
「本来の自分自身で生きていきたい」と強く望んだときに、
ふと家の本棚にある一冊の本に目がとまったのでした。

ペラペラ~。
とめくり始めたら、なんだか吸い込まれるようにもう一回読み始まって、
ああ、これは、もうやるしかないんだ。と思いました。

そこで「コア・トランスフォーメーション」のワークを
結構軽い気持ちでやりはじめたのです。

というのも、できればNLPをよく理解している方か誰かに誘導してもらって
段取りの導きをしていただけると、スムーズなんですね。
でも自分ひとりでもできないことはないんです。
だから失敗してもいいやぐらいで始めました。

そしたら、こんなことになりました。(私の内面での話しです)

************
散らかして大騒ぎする娘にイライラしている自分を思い出して、
「長女を受け入れたくない」状態を感じます。
心の声では「もういやや~、うっとうしい、かんべんしてよ」
とぐるぐる聞こえはじめ、心がワサワサしました。
それが体のどこにいるのか、直感で感じると、
ハートの部分にいました。

この「受け入れ拒否」パートを一人格として扱って、話をしていきます。

私「あなたに必ず肯定的な意図があることを知っています。
これまでがんばってくれてありがとう。
受け入れたくないと私に思わせることで、何をもたらそうとしてくれてますか?」

パート(以下パ)「あなたを守る。侵されたくない。もうこれ以上犠牲になりたくない」

私「イライラして拒否することで、私を守ってくれていたんですね。ありがとう。
ではもし、十分に私が守られているとしたら、そのことを通してさらに何をもたらそうとしてくれているのですか?それはもっと重要なことなんでしょうけど」

パ「わかって欲しい。つらかったことをわかって欲しい。悲しみを表現すること」

  このとき、押さえ込んでいた悲しみの感情が一気にふきだし、泣きました。。。
  ああ、私にはまだこんなに「つらかった、わかって欲しかった」という感情が眠っていたんだと思うとつらさを経験しながら誰にも言えずにがまんしてがんばっていた昔の自分がけなげで、また泣けてしまうのでした。

私「ありがとう。そう、もう十分に悲しみは表現されて、わかってもらえたとしたら、そのことを通じてさらに何をもたらそうとしてくれているのですか?」

パ「つらさの解放」

私「ありがとう。私の中にあるつらさがすべて完全に解放されたとしたら、そのことを通じてさらに何をもたらそうとしてくれていたのですか?」

パ「純粋な喜び」

私「ありがとう!(私・純粋な喜びを感じ満たされ味わいながら)純粋な喜びが十分にもたらされたとして、
そのことを通してさらに私に何をもたらそうとしてくれているのですか?」

パ「内なる自信」

私「内なる自信が十分にもたらされたとしたら、さらに何をもたらそうとしてくれているのですか?」

パ「内なるパワー」

私「(なぜか沸き起こるエネルギーを感じながら)内なるパワーが十分に発揮されたとしたら、そのことを通してさらに何をもたらそうとしてくれているのですか?」

パ「すべてを包む愛のパワー」

私「(強烈に流れ出す愛のパワーを全身で感じて) すべてを包む愛のパワーが十分にもたらされたとして、
さらに私に何をもたらそうとしてくれているのですか?」

パ (もう言葉ではなく、圧倒的な状態が私の全身を包む/先ほどの強烈なパワーに、感動するほどのいとおしさが加わって、世界を圧倒する。すべてを愛する強さにびっくりしたし、いとおしさ、慈悲の心の状態がこんなに感動的で嬉しくてすごいんだということを体験しています。涙があふれてとまりません)

=これが私のコア・ステート。・・・パワフルな愛と無限の慈悲の心(←言葉にするとこうかな)

なぜだか、パートは一連の連鎖をすべて通らないと、コアステートにはたどり着けないと思っています。
しかし、すでにコアステートをもったまま存在することは可能なんだそうです。
そこで。ワークの段取りとしてここからは、コアステートをもったまま、先ほどの連鎖をもどっていきます。


私「コアステートをあなたがすでにもっていてそこから存在が出発しているとしたら、
すべてを包む愛のパワーはどう変わりますか?」

パ・(強い愛のパワーに、いとおしいというしなやかなやさしさが加わってさらに強く強く絶対的になる。しずかに力強くみずみずしい。感動している。ゆるぎない愛。←状態の体験)

私「コアステートをもっていると、
  内なるパワーをどう感じる?→世界のためにつかいたい!
  内なる自信は?→自信とは小さな枠、超えた。私は大きなもの。しっかりとある  
  純粋な喜びは?→すべてが喜び。存在していることが喜びそのもの 
  つらさの解放は?→つらさは感じない
  つらさの表現、わかって欲しい→このいとおしい気持ちを世界に表現したい
  自分を守る、これ以上犠牲になりたくない→私は犠牲者ではなかった。与える存在。あふれる愛。世界へのいとおしさを伝えたくてここにいる。  
  長女を受け入れたくない →ありのままを受け入れたい。いとおしい。
  愛のパワーで私から包み込む。愛をせきとめることはできない。すべてをうめつくす愛といとおしさの流れ出す泉


最初のテーマに対する状態がひっくりかえってしまったのです。

さて、このパートの年齢をたずねると

パ「4歳」(父の背中に手をあてて「この人の苦しみを私が全部引き受ける」と誓っていた自分が思い浮かぶ。
・・・当時、博打で莫大な借金をつくり、買ったばかりのマイホームを手放し、母と離婚話の最終のつめまでいくなか、4歳の私は悲しんでいたんだと思い出す。そして、無口な父がしょった悲しみを全部自分がひきうけるから、父を助けて欲しいと神様に約束した。)

私「それからの今の私になるまでに得た情報や経験を分かち合うために、あなたも今の私の年齢まで成長したいですか?」

パ「はい」
私「では無意識にお願いします。パートが今の私の年齢に成長したら、合図をください」

*合図くる

そこで、成長したパートを全身に広げて、統合して、ワーク終了。

*********

全部で1時間半たっていた。

それから、長女を拒否しようという気持ちが、きれいに消えてなくなった。

強烈なコア・ステートの体験を経ておこった日常の変化は、
こうやって言葉にしなければ、なんでもないかのような、穏やかなものだ。
ただ、私の中では大きくなにかが変わった。

内なる部分に、あれほどまでに強い慈愛の気持ちを秘めていたんだということを
知った・・・というより、すごく久しぶりに「思い出した」気がする。幼かったあの頃の感じを。

一連のことの中で、私がコアステートをもっていきていくことに抵抗している別のパートも出現しており、
それはそれでまた扱いたいパートとなった。

こうやって、パートと連絡をとり、無意識と仲良くなることで、絡まってしまった糸がさらにほぐれていくのだな。

ちなみに、おおきく分類してコアステートには5つあるそうです。

1、ただ在ること(Being)
2、内なる安らぎ(Inner Peace)
3、愛(love)
4、あるがままで大丈夫だという感覚(OKness)
5、宇宙との一体感(Oneness)

知識としては知っていましたが、体感するということの強烈さを身をもって感じたワークでした。
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21:52 NLP | コメント(0) | トラックバック(0)

状態を観察する。

2010/02/07
今日はとっても強い風だった。

びゅんびゅん吹き荒れてた。

しかし、ゴルフはやるのだ。誰一人として「止めよう」とは言わない。
私だけ一人「午後はやめようっていうかな?」って考えてたけど、
ゴルファーたちはそんなこと微塵も思っていないらしい。

こんな風の中でも、やるんだ。

「好き」ってすごいな、と思う。

私は仕事だからという理由でやっているのだけれど、
実は風を全身であびながら一日の時間の流れをかんじていくのは
ちょっと素敵だったりする。

やっているその間に感じていたことは、「結構好きだな~」ってこと。
だからちっともストレスはない。

けれど、終わって家に帰ってきて
「もう一回今日みたいな風の日にキャディする?」といわれたら
即効答える。
「もう結構です。」

自分の思い込み。
私には「風の強い日に外で何かするのは、いや」という思い込みがある。
それはそう簡単には変えられないらしい。
冷たい風の吹き荒れる寒い日に外で1日すごす。
そんなことを考えると途端に「行きたくない」気持ち満々になる。

つまり、思い込みや信念や想像で「状態」は作れる ということだ。

そのわかりやすい例にもなるある出来事があった。

2日前、あろうことか「免許証」をなくしてしまった。
朝、仕事に出かけようと荷物を用意しているとき、
入っているはずのバッグの中に
免許書をいれた名刺入れがない!

あれ?ないはず、ない!!!
どっかに出しておきっぱなしか、それとも子供がいじったか。

朝の時間のないなか、数分必死でさがすも、まったく見当たらないので
その日はあきらめて、
「免許不携帯」で車で出勤した。

その車中の「どきどき」したことといったらすごかった。
「もし警察に呼び止められたらどうしよう」
「こんな日に限って事故ったりしたらどうしよう」

「免許がない」→どんどん最悪の事体を想像し→なぜないの!?と自問自答→呼吸も速くなる

しかしそこで思い出した。
以前も免許を家に忘れて運転していたことがあったのだ。
そのときは、出先で財布をだそうとして、
財布ごと忘れてきたことに気づき、
免許をもたずに運転していた事実に初めて気づいたという流れ。

当たり前だが、財布を忘れていることに気づいていないとき
つまり免許がないことに気づいていないときは
ぜんぜん緊張もせず平常心で運転していた。

ところが気づいてからの帰りの車は
「どきどき」しながら運転するはめになる。

意味づけがかわれば、これほどまでに「状態」は変わってしまうのだ。

2日前、免許証がないことを意識してから、そんな出来事を思い出していた。
「ああ、免許がないってことで、状態が変わったな」

その日は仕事場についても心ここにあらずで、
うっかりしてるとすぐに「免許落としてたりしたらどうしよう」という思いにとりつかれ
結果、胸の奥がきゅっとつかまれた感じの不安な気分なってしまった。

そのときは、免許を提示しなきゃいけないわけではないのに。
免許があろうがなかろうが、今からするキャディ業務には何の影響もない、はずなのに。。。

「状態」は変えられるのだ。
そう思って、「免許」のことはムシすることにし、キャディ業務に集中した。

いつのまにか、目の前のことに気をとられ、あの不安な感じはなくなっていた。

そして帰りの時刻。車に向かう。思い出した!
免許、ないんだ。。。。
いっきに不安が押し寄せる!状態変わった。

結局、家に帰ってからもう一度探したが見当たらず、
思い当たるのは前日の夜に買い物したスーパーくらい。
すぐに行って聞いてみたら・・・・・

「とどいてますよ!今お持ちしますね!」
「まじですか~~~~。あ、ありがとうございます~」

もんすごいホッとした。
よかった~~~~。

「免許」という言葉が「不安」な状態を呼び起こすという一連のプログラムは、
瞬時に消えてなくなった。

「あるきっかけ」が「心の状態」に連動しているということに気づいたら、
逆もまたしかり。
つくりたい状態を「仮想」でつくることも可能となってくる。

事実である必要はない。
信念に心まで明け渡す必要もない。

ただ、それが「本当」のことのように振舞えばいい。
脳は「仮想」と「現実」の区別はつかない。

らしい。よ。

それをテクニックにしたものが、NLPではポピュラーなスキルのひとつ「アンカリング」。
「あるきっかけ」と「自分が望む状態」をくっつけるというもの。
たとえば、人前で話しするときになぜかすごく緊張してしまう人ならば
「人前で話す」状況に「リラックス」している状態をくっつけてしまうというもの。

「ゴマを食べる」と「ほっとする」状態をつくってしまった、あれである。

そう思って自分の生活をみてみたら、結構アンカリングされてるものがいっぱいあるから
面白いよ。
みなさんも、当たり前とおもっている「あるきっかけ」が呼び起こす「状態」に
注目してみて。
それって、望めば、変えられる。
かも、しれないよ。
21:20 NLP | コメント(0) | トラックバック(0)

そこに「信頼」はあるかい?

2010/02/06
今読んでいる本は、NLP関連のこれ。

NLP子育てコーチング―親の信頼がこどもを伸ばすNLP子育てコーチング―親の信頼がこどもを伸ばす
(2009/08)
リチャード ボルスタッド

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子供との係わり合いの中で
「飴とムチ」による上からのコントロールではなく
いかに相手を尊重しながら育ちあうかというのがテーマ。

子育てをハウツーにしてしまうのは、あまり好きではないが
行き詰っている親子関係を突破する威力のある提案が
つまっている本といえるかもしれない。

その中から、印象に残ったフレーズ。

「学ぶことの基本には、ラポール(信頼)があるのです」

何をするにもまず相手との信頼を築くことが重要というNLPでは、
逆にいえば、ラポールがとれていない状態では
どんな方法も有効とはいえないといいます。

さて、子供との間あるのは「信頼」か?

昨年末、ふとふってきたキーワードがありました。
それが

「依存」と「コントロール」の駆け引きを「信頼」に変えること。

というものでした。

目の前にいる子供は、私の所有物ではない。
一人の人間。
一人の光存在。
私が投影したものがそこに見えているだけ。
それを夢として見過ごして、
完全なる姿であると「信頼」できるか。

それはつまり、自分自身を完全なる姿の存在として認めるかということにかかっている。

なんてスケールのでかい子育てだろうか。

でかすぎて、日々の生活の中では一向に応用がきかない。
毎日「もう、なんで片付けないの!」と怒鳴っている。
いやはや、困ったもんだ。

っていう私には、
「相手の呼吸と自分の呼吸を合わせて、同じ動きをしながらラポールをとる」
といった実践的で具体的なNLPのやり方が
楽しかったりする。

少しの間でもいい、ただ、子供と息をあわせ、
呼吸のリズムにあわせて背中をトントンし同じような声で話しかけ、
一緒に遊び、こどもがやりたいことを行う。
共にいきているという瞬間を積み重ねるのです。
言葉で相手に同意する必要はありません。
 (引用)

意見の食い違いや何か問題が起こったときの対処法も大切ですが、
その前に、
何もない時にどのようなときをすごしていたかということが
とても重要な鍵になるということです。
14:13 NLP | コメント(0) | トラックバック(0)

痛みのもと

2009/11/06
ご無沙汰しております。。。。

日々のばたばたに身をまかせ、すっかりパソコンから遠ざかっておりました。

秋ですね~。ゴルフ場では落ち葉が積もり(しかし毎日ちゃんと集められる)
朝の寒さが冬の足音を感じさせてくれます。
季節がいいので、ゴルファ~は活気づき、ゴルフ場は大盛況。
というわけで、ここんところキャディ業で忙しくしています。

さて、そんななか、3週間くらい前からでしょうか。
胃に異変を感じ始めました。

イ、イタイ

なぜか、夕刻になるとずっしーんと痛み出す胃のあたり。。。
何か食べると少しおさまるときもありつつ、おさまらないときもありつつ・・・。

それが毎日のように痛くなるので、どうしたものかと思っておりました。
友達には「ピロリじゃない?」といわれ、自分でもそうかな~、もしや、ストレス???
などなど考えていたものの、

まてよ、結局肉体に影響がでてくるということは、影響を出す元となる想念があるはず。

そこで、おととい、NLPの手法をつかいつつ、
胃痛を起こしている無意識のパートとコミュニケーションをとってみました。

そしたら、
「あなたが自分を責めているから、それをそのまま形にしてあげているだけだよ」
「自分を許すということを学ぶためのステップだ」
「自分が創造主であるということに気がついて欲しいから」

つまり、そのパートは私に「許し」をもたらしたい
私に「自分が創造主だ」と気づかせたい
という肯定的意図をもって、私の胃を痛くしていたらしい。

そこで!
ほかの方法でその肯定的意図を満たすので、
胃を痛くするのは止めて欲しいとお願いしてみた。

なんとか「いいよ」っていってくれた。

******************

その後、昨日、今日と胃はまったく痛まない。

ここ3週間毎日痛くなっていただけに、嬉しい変化デス
このまま、続いてくれればいいな~。

21:59 NLP | コメント(1) | トラックバック(0)

長男さん長女さん

2009/06/15
昨日は、NLPのフォローアップ講習にいってきました。
プラクティショナーコースに参加した人たちのために
プラスで行われた特別講習でした。

3人一組になって、カウンセリングからワークまで
本当の問題を投入してのガッツリ実習。

すごかったのが、デモでの本気カウンセリングでした。
プロのトレーナーの方がわずか10分程度で、
デモでクライアントをしてくださった方の問題を焦点化したのですが、
お見事!って感じで。

そのときにでてきたお話で、我が家にもあてはまるうなる話がありましたので、
ご紹介しておきます。

長男、長女で産まれた子は、下の子が産まれたときに、
誰もが「存在の危機」を感じるんだそうです。
それまで両親の愛も存在も目も全部独り占めだったのに、いきなり赤ちゃんに奪われる。
そのとき、自分の存在そのものまで危うくなってしまう感覚になるんですね。
それは、子育てしている人ならわかりますよね。

そこから、2つのタイプにわかれるんだそうです。
ひとつは、親のいうことを聞く「いい子」の仮面=ペルソナをかぶって
自分の存在を守るタイプ。

もうひとつは、妹や弟に暴力をふるって、自分の存在をアピールするタイプ。

これが、生きていくため、自分であるための、パターンとして入っていくわけです。

そのプログラムを無意識下に持ち続けたまま大人になっていくと、
それがあることで、不都合が生じてくる場合がある。
不一致感だったり、過度の反応として。

子供のころに有効だったはずの方法も、大人になって本来の自分で生きていこうとしたときに
もうそぐわなくなっていくんですね。
それに気がつければ、そのプログラムをやめていくことができます。
固まってしまっていたある部分を柔軟にすることで、
新たな選択肢が生まれ、
しなやかに生きていくことができるようになっていくのかもしれません。

さて、我が家の長女、おもいっきり2番目のパターンなんすよ。
そう、妹に力で主張するタイプ。

妹をたたく、突き飛ばす・・・という場面を目撃した時の私といえば・・・。

生活の中で以前に比べたらかなり怒る回数は減っているものの、
暴力・・・特に大きい子が小さい子を力で押さえつける。ということに関しては私の中に何かあるらしく、どうにも穏やかに対応できない。

感情的に怒り→くどくどと言葉でいい続け→自己嫌悪になる。
という反応をくりかえしてきていました。いい加減もうやめたい私の嫌なパターンです。

っていうか、なんで私が長女のその姿に過剰に反応するか、仕組みからして、もうわかっているんですけどね。わかっちゃいるけど、やめられない。
っていう最たるやつで。

昨日はそこのところにもう一度アプローチしてみました。

子供を変えるのではなく、
自分自身の反応を変えていく。

もっと穏やかに、もっと愛をもって、お姉ちゃんの行動を観察し、対応していければな。
そう思っています。

長女で産まれてきてくれたのは、彼女にとっても大切な意味があることなんだと思います。
それは、きっと大いなる計画のひとつだろうし、
彼女が大きくなっていくなかで、きっと、気づき手放し成長していってくれる。
だから、誰のことも責めない、、、、お姉ちゃんのことも、自分自身のことも。
そんな対応をしたいなぁ。

私にとって、まだまだ取り組みがいのある大きなテーマです。
10:31 NLP
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